instagram

テント泊の夜に用意したい、SONYの小型ラジオ

 「単独行をやるなら、ラジオを携帯したほうがいい——」

 それが山の先輩の、アドバイスだった。

 2020年に京都北山・廃村八丁を訪れた際、小さな焚き火を囲みながら、ベテランリーダーから簡単なロープの使い方や山のイロハを教わった。傍らの三脚に吊るされたランタンが優しく周囲を照らし、その下にかけられた、これまた小さなラジオからは気象情報に続いて陽気な音楽が流れていた。

スマートフォンは便利ではあるけれど……

 山でラジオを聞く機会は、以前と比べて随分と減ってしまったのかもしれない。スマートフォンが普及してからというもの、携帯電話の通信網はみるみるうちに整備され、もはや山中でさえ高速インターネットを使えることは珍しくなくなった。地形図はスマートフォンアプリが取って代わり、気になる明日の天気もタップひとつで分かってしまう。便利になったことは良いことだとは思うのだが、山でラジオから流れる気象通報を聞きながら、天気図を作図した経験のあるような人は(すみません、僕はありません)、どこかしら、味気なさを感じる今日この頃ではないだろうか。地図が得意な人がGPSを使うと、楽しみが半減してしまったような心持ちになるように。

 今やスマートフォンひとつがあれば多くの道具を持たずに大抵のことはできてしまう。しかし、あまりスマートフォンに頼り過ぎると、不測の事態に慌てることになる。精密な電子機器は故障や電池切れのトラブルを100%防ぎ切れない。ひとたび通信障害などが発生すると、もうお手上げだ。それに、スマートフォンは緊急事の連絡手段として温存しておきたいという側面もある——というか、それが山での本来の使い道であろう。

 そこで用意したいのが、アナログなラジオである。言わずもがな情報収集に使うのだ。

夜の不安を和らげ、情報収集に活躍するアナログラジオ

僕のテント泊の必需品、小さな浄水器とSONYのラジオ。浄水器については「沢や湖から安全な水を作れる小さな浄水器|ソーヤーミニ」を参考に

 16時に流れるNHK第二放送による気象通報をはじめ、夕方の時間帯は各局から天気予報が提供されている。テントの設営を終え、夕食の準備をしながら、ラジオから流れてくる天気予報に耳を傾ける。むろん出発前に山行日程の天気予報を調べてはいるのだが、急に予報が変わることもあるし、事前の予報通りの天気なら想定内、思わぬ好天に恵まれれば喜び、雨予報だと身構える。24時間情報が提供されるスマートフォンとは違い、ラジオの天気予報は時間帯が限られているから、その間だけはラジオに集中する。そうして明日の天気の傾向をつかみ、後は音楽でも聞きながら、ウイスキーをちびちびとやるのである。

 そうするうちに、とっぷりと日が暮れてゆく。

 経験のある人なら分かってもらえるだろう。真っ暗闇の山は怖い。

 管理されたキャンプ場や、他にも人がたくさんいるテント場ならまだいい。が、あまり人が歩かない、指定幕営地のないような山に僕は好んで出かけている。それもフリーランスの特権を遺憾なく発揮し、平日に出かけるものだから余計に人がいない。暗闇の山中でひとり夜を過ごすことになる。月が明るくヘッドライトがいらないような夜だと「あぁ、なんて神秘的な夜なのだ」なんて詩的なことを言っていられるが、灯りがないと方向感覚さえ見失しなうような暗闇は、怖くて、さみしくて、仕方がない。近くで獣がうごめこうものなら神経をとがらせ、イノシシか、それとも腹を空かせたクマか化け物かとびくつきながら、浅い眠りのまま朝を迎えることになるのである。

 そんな夜に、ラジオから流れてくるにぎやかな音楽や人の声は、とても励みになる。気を紛らわせ、僕の心を落ち着かせてくれる。おそらく周囲数km圏内に誰もいないであろう山の夜の不安を和らげ、またひとり、静かな夜を楽しみに、ソロで山に出かけたいと思わせてくれるのだ。

 SONYからは以前、山に特化した薄型ラジオが発売されていた。山の先輩の愛機も、確かSONYの山ラジオだったのではないか——。シャツのポケットにおさまる高性能ラジオは、ラジオとしては高価だったが、全国の山々を網羅しエリアごとに放送局がプリセットされ、価格に見合う性能を有していた。しかしこれも時代の流れであろう。残念ながら、現在は廃盤である。

 そこで僕が選んだのは、手のひらサイズのハンディーラジオ。単三電池で稼働する、アナログチューニングのモデルだ。薄型ラジオよりは少しかさばるが、性能もよくお財布にも優しいので、もっぱらこのモデルを愛用している。

 ラジオを聞きながら夜を過ごし、朝、目覚めると朝食の用意をしながらまたラジオをかける。出発が遅い日だと、放送に合わせてラジオ体操をキレッ、キレにこなしてから撤収にはいる。だって周囲には誰もいないもの。

 が、もし山中で僕がラジオ体操をしている場に出くわしても、どうかそっとしておいてほしい。もし人に見られなんかしたら、恥ずかしくて、恥ずかしくて、もう山には行けませんからね。