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【京都・雲取山】京の岳人に愛されてきた、北山代表の山を歩く

 雲取山。

 どこか高山を思わせるその山名に心を惹かれ、『分県登山ガイド|京都府の山』を繰る手が止まった。“雲を取る山”とはいうものの、京都の雲取山は、実際には標高1000mに満たず、地形図に山名すら記載されていない。その上、911mの山頂からは残念ながら展望は望めず、ノッペリとした山容は、例えば槍ヶ岳や剣岳のように登攀意欲を刺激するものでもない。『山と高原地図|京都北山』の案内にもあるように、登山というよりは森や沢の散策を楽しむ山なのだろう。

 しかし大正時代、人類学者であり登山家としても知られた今西錦司(1902-1992)を中心に、後の日本の山岳会をリードすることになる青年たちが、里山に縦横に走る炭焼きや生活の場としての道を登山の対象とし、雲取山周辺の山々を「北山」と名付けた。さらに「山城三十山」を選定し、トレーニングに励みヒマラヤ、南極に羽ばたいていったという。

 心惹かれる山名とパイオニアを育んだ歴史、それに、苔むしたしっとりと潤う森の情景が、僕の頭の中に広がった。——どうしても雲取山に登ってみたい。休日の早朝、まだ暗いうちに自宅を出発し、京阪電車で出町柳駅へ。そこから京都バスで花背高原前へ向かう。到着した登山口は、冷たく清んだ秋の光に照らされていた。

明るい峠と、美しい沢のある雲取山

 今回は花背高原前から寺山峠、一ノ谷を経由して雲取峠(フカンド峠)へ。雲取山からは二ノ谷を下り、その先、芹生、貴船へと足を伸ばす。北山の緑と京都を代表する名勝地を1日で楽しむ、よくばりコースをゆく。本日のパーティーは7名である。

写真奥に重機が見える。山中に張ったワイヤーに木材が吊され、運ばれていた

 登山口を出発し、左手に「花背スキー場跡」を見ながら林道を歩く。朽ち果てたスノーモービルの残骸が、栄枯盛衰を物語っているかのようだ。その先の林道では、伐採作業が行われていた。

 本来は谷筋を寺山峠へと詰め上がるのだが、尾根に設けられた迂回路を登る。この迂回路がなかなかの急坂で、秋の風吹く11月半ばの山中でさえ額から汗が噴き出してくる。肩に食い込んだザックのベルトを少し緩めると、冷たい風が背中を吹き抜けて気持ちがいい。小休止をはさみ、やがて正規の登山道へと合流し、寺山峠に到着した。

雲取山 京都 寺山峠

 おそらく5年前の僕なら、この沢に広がる日本の里山の、豊かな緑に感動することはなかっただろう。トレイルランニングに夢中だった当時、走ることに重きをなし、意識はより速くより遠くへと向かっていた。足下の小さな自然など見向きもしなかったのだ。

 寺山峠から一ノ谷へと下った先は、明るい陽光が差し込み、太陽と清んだ沢が下草を育て、豊かな生態系が育まれていた。

 耳を澄ませながら歩くと、ヒヨドリやヤマガラの声にまじり、モズや、季節の移ろいを知らせてくれる冬鳥のさえずりが耳を楽しませてくる。ガラスのように透き通った朝露をまとい、苔や下草が鮮やかに輝いている。上空にはトビが舞っていた。

 野鳥はしばしば生態系のバロメーターと言われる。森の生態系の頂点にいる猛禽類が生息するということは、その生命を支える、小鳥や小動物たちが豊富であり、小鳥の生命を支える虫たちが豊富であり、その虫たちを支える、木々や植物が豊富であるということ。僕たちもその一員であるはずなのだが、なかなか意識することのない生態系のピラミッドが、ここには確かに存在しているのだ。

雲取山 京都 雲取峠
明るく開けた雲取峠

 分岐を間違わないよう沢を詰めてゆくと、視界の先に明るい空を捉え、上り詰めると雲取峠に到着した。明るく開けた峠の北には、小塩の先にあるソトバ山をはっきりと望める。ここで小休止をはさみ、話題は「山地図アプリ」に。

 スマートフォンはもはや山の必携品といって差し支えはないだろう。山地図アプリのGPS機能は、道迷い遭難を未然に防いでくれるし、山行記録も保存できる。僕は数年前から愛用している「ジオグラフィカ」派だが、山と高原地図アプリ、YAMAP、ヤマレコなど今では種々のアプリが出そろい、好みで選べる。

 さて、どのアプリが使いやすいだろう。それぞれのアプリで雲取山周辺の地図を表示し、見比べてみた。

 が、おかしい。現在地が表示されないのだ。

 地図には確かに雲取山とある。現在地が表示されないということは、GPSがオフになっているのか。スマートフォンをいじくり回してみる。しかし表示されない。なぜだろう。地図のダウンロードは済ませてあるのに。困りあぐねていると、パーティーのひとりが画面をのぞきこんだ。

「あっ……これ、関東の雲取山やん!」

 いくら優秀な山地図アプリでも、自分が関西にいるのか関東にいるのかなんて至極当たり前のことは教えてくれないのだ。ここまで登ってきた疲れも吹き飛ぶ、心温まる時間であった。

京都 雲取山
雲取山 立命館ワンゲル小屋

京の名勝地、芹生の里から貴船へ

 小さくて静かな雲取山山頂で記念撮影を済ませ、急勾配を慎重に下り、立命館ワンゲル小屋で昼食とする。設備は利用できないが、小屋前の広場を使わせていただいた。それからさらに谷を下り、三ノ谷出合いから林道を進んでゆく。林道の先にある「勢龍(せりょう)天満宮」では見事に色づいたイチョウが僕たちを迎えてくれた。

 林道をさらに歩き芹生の里に到着すると、足下は土から舗装路へと変わってゆく。その道は芹生峠を経て、京都の名勝「貴船神社」へと続いている。

歌舞伎「菅原伝授手習鑑(すがわらでんじゅてならいかがみ)」の舞台となった、勢龍天満宮にて。見事に色づいたイチョウが印象的だった

 低山歩きではコースに舗装路が含まれることも珍しくない。普通、単調な舗装路歩きはつまらなく、退屈な時間であるものだ。が、芹生から貴船へと続く道は、手入れされた人工林に囲まれた、美しく清々しい森の峠道だ。芹生峠から標高が下がるにつれて徐々に木々が赤や黄色に色づいてゆくのを観察しながら歩くと、あっという間に時間が過ぎていった。貴船神社はもうすぐだ。

芹生の里から貴船へ
比叡山を望むとあるが、残念ながら木々に覆われて見えなかった
美しい林道を歩いてゆく

 紅葉の見頃の季節とあって、大勢の参拝客が訪れているのだろう。貴船神社に近づくにつれて、にぎやかな人々の声や和楽器の演奏が聞こえてきた。

「きっと、神楽の奉納でも催されているんでしょうね」と僕。

「いやぁ、なんだか河内音頭みたいに聞こえるぞ」

「まさか、盆踊りの季節じゃあるまいし」

 到着した貴船神社奥宮にはステージが設置され、バンドが河内音頭を演奏していた。歌手の歌声に合わせて、リズムよく相の手が入れられる。大勢の観光客に見守られながら、数名の見物人が気持ちよく躍っている。実に楽しそうだ。厳かな貴船神社と河内音頭の華やかなイメージのギャップに少々面食らったが、これはこれで良いものだ。人生には時々、日々の暮らしのあれこれから解放され、悩みや不安のない幸せな空気に包まれながら、踊り続ける時間が必要だと思うのです。

貴船神社

 叡山電車も貴船神社と同じく、大勢の観光客が乗車しにぎわいを見せていた。貴船から二ノ瀬と進んでゆくと、車内にアナウンスが流れる。

「まもなく、紅葉のトンネルをくぐり抜けます。ゆっくりとご観覧ください」

 車窓から眺めた紅葉は、まだピークには少し早いだろうか、それでも赤や黄色に染め上げられ、日毎に色づいてゆく風景の美しさにしばし見とれ、癒やされた。電車に揺られながら今日の山行と次の山に向けて、パーティーで会話が弾む。

 さて、次はどこを歩こうか。

 充実した1日を過ごした面々のマスクの下は、みな笑顔に包まれていた。

京都・雲取山のデータ

Download file: .gpx
  • 標高:911.1m
  • 距離:約13.5km
  • コースタイム:約5時間30分
  • コース:花背高原前→寺山峠→雲取峠(フカンド峠)→雲取山→一ノ谷出合→芹生峠→貴船神社→貴船口駅
  • アクセス:行き・京阪電車「出町柳駅」より京都バス32系統広河原行きに乗車。「花背高原前」下車すぐ登山口。帰り・叡山電車「貴船口駅」から「出町柳駅」へ
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