武奈ヶ岳

【比良山系・武奈ヶ岳】1泊2日のテント泊山行紀

 近畿の最高峰は奈良県・八経ヶ岳だ。

 標高1915m、大峰山脈の主峰であるその頂には多くの登山者が訪れる一方で、そこは修行の場として今なお厳しい行を勤める修験者にとっての神聖な場所でもあるのだ。

 さて、近畿の山々は最高峰でも2000m足らずなのだから、その多くが日帰りで楽しめてしまう。武奈ヶ岳も日帰りできる。しかし関西近郊でテント泊山行を考えたとき、武奈ヶ岳は最適な山に違いないのだ。

 今回はイン谷口から北比良峠、八雲ヶ原を経由して武奈ヶ岳を目指す。金糞峠周辺で1泊し、再びイン谷口に戻るお手軽コースを歩いてきた。

比良山系の主峰・武奈ヶ岳を歩く

 イン谷口周辺は、緑が陽光に照らされてまぶしかった。

 こんな風景ならいつまで眺めていても飽きない。近くには小川が流れ、駐車場付近ではデイキャンプを楽しむ多くの家族連れの姿が見られた。もう9月の半ばを過ぎたのに、ジッジジッジと頭上からセミの鳴き声が降ってくる。そういえば、比良駅ではツバメの姿がまだ見られたなぁ。もうじき秋を迎えるころには、南方へと渡っていくことだろう。

比良駅から比良山系を望む
イン谷口。ここが比良山系への入口だ

 イン谷口から大山口へとアスファルト道を歩く。そこからが登山道の始まりだ。川を渡り急な登山道を登っていくと、久しぶりのテント泊装備が肩に食い込んだ。カモシカ台で小休憩をとり、先へと向かう。北比良峠までは急な上りが続く上、樹林帯の中だからあまり展望も望めない。イン谷口から約2時間の登りは我慢である。

 比良山系は琵琶湖の西側に位置する南北に細長い山脈だ。地図で見ると、山脈がYの字に見えてなかなか面白い地形をしている。Yの字の中心あたりにある金糞峠(かなくそとうげ:なんて名だ……)を境に、南側を南比良、北側を奥比良、琵琶湖側をリトル比良と呼び、地元や関西のハイカーに親しまれている。

 武奈ヶ岳は比良山脈の最高峰であり、その標高は1214m。関西では珍しい高層湿原「八雲ヶ原」や、ブナ林に覆われたコヤマノ岳など見所には事欠かない。積雪期には樹氷を楽しめるなど、四季を通じて登山者を魅了する山なのだ。

比良山系 カモシカ台
北比良峠からの眺望

 急な登山道を登りきると開けた場所に出る。北比良峠だ。標高970mからの眺めは素晴らしく、この日は少々モヤがかかっていたが、琵琶湖の大きさを確認できるぐらいのパノラマ眺望が広がっている。後から来た登山グループが「わぁー!!」と感嘆の声を上げ、思いおもいに記念撮影をしていた。

 北比良峠で小休憩をとり、八雲ヶ原湿原へと向かう。以前は北比良峠に「比良ロープウェイ」が運行しており、武奈ヶ岳の玄関口としてにぎわったようだ。かつての八雲ヶ原には食堂やキャンプ場があり、そのことが北比良峠の古い案内看板からも見てとれた。

 現在ロープウェイは廃止されているが、湿原の木道歩きがこの山行の楽しみのひとつであった。「尾瀬のような、さぞ美しい景色が広がっているのだろう」と期待していたから、いざ八雲ヶ原に到着して拍子抜けした。木道が朽ち果てて通行止めだったのだ。

 少々がっかりしたが、八雲ヶ原とヤクモ池周辺に湿原があることは確かで、関西でこのような景色を楽しめるのは珍しいことだろう。しばし池のほとりで休憩しながら、双眼鏡で野鳥や景色を観察して楽しんだ。

八雲ヶ原湿原

 八雲ヶ原を出発すると、再び急登の登山道を歩き始める。日差しはあるが、1000m近い標高と秋の足音のおかげで気温は涼しく、ツラくはなかった。なにより振り返ると、ここまで歩いてきた尾根や琵琶湖の景色を一望できるのだ。コヤマノ分岐を通過し、少々崩れかけた最後の急登を登ると武奈ヶ岳の頂上である。もともと人気の山であり、シルバーウィークとの兼ね合いもあり山頂広場には50名ほどのハイカーがいた。ちょうど昼過ぎに到着したこともあり、みな昼食をとったり記念撮影をしたりして過ごしている。

 武奈ヶ岳の頂上は視界を遮るものがなく、360度の展望が広がっている。面白いのは比良山脈のYの字を確認できることだ。武奈ヶ岳は山脈の中央近くに位置し、最高峰でもある。そのため、南比良方面や奥比良、リトル比良方面の地形までしっかりと見渡せる。地形図と見比べて「本当にYの字だ」と納得すると、なぜたか妙にうれしくなった。

武奈ヶ岳へ登る尾根から振り返る。スキー場の跡地が見える
久しぶりのテント泊装備を担ぎ、ややお疲れ気味の管理人
武奈ヶ岳も信仰の山であるらしい

金糞峠の周辺でテント泊

 さて、武奈ヶ岳には公式のテント場や一般利用できる山小屋もなければ、トイレや水場もない。テント泊山行の場合、最低限、水を確保できる平らな場所であることが望ましい。武奈ヶ岳周辺で考えると、八雲ヶ原や金糞峠周辺がテント場として利用されているようだった。

 僕が選んだのは金糞峠の北にある沢。この沢の水は煮沸するか浄水器で濾過すれば——自己責任で——利用できるし、地形図を見るとそこは平で、テントを張るのによさそうだった。何より、山岳会の先輩から金糞峠周辺の情報をもらっていたのが大きかった。

 武奈ヶ岳からコヤマノ分岐、コヤマノ岳を経由し、金糞峠手前まで下る。途中、踏み跡が不明瞭な場所があったから、尾根の乗り間違いには注意しながら進む。金糞峠のすぐ北の分岐に到着すると、なるほど、沢はあるしテントを張るのにちょうど良さそうな場所だ。一箇所、ファイヤースポット(焚き火跡)があり目印の看板があった。もし焚き火をするならこの場所で、ということだろう。

金糞峠を北に進むと、写真の分岐がある。周辺は美しい沢が流れるテント泊適地だ
分岐のそばにあったケルン

 14時30分に到着し、さっそくツエルトの設営にとりかかる。樹林帯の中であるからポールは必要ない。木々を利用してロープワークで設営した。ツエルトの出入り口にポールがあると邪魔だから、僕はこのスタイルがもっとも好きだ。

 ツエルトで休憩し、それから明るいうちに夕食の準備をした。今日のメニューは豚キムチ鍋だ。すぐそばの沢で水を用意し、ジェットボイルで湯を沸かす。持参した少しの調味料と、山中で食べる生鮮食品を利用した山飯は、なんとも贅沢な気分にさせてくれた。

 食事を終えるとやることがない。読書でもするか……と文庫本を取り出すも気分がのらない。もちろん圏外だからネット利用もできない。ずいぶん時間を持て余してしまった。次からはラジオでも持ってくるか。

 それにしても、今日は連休の最終日だ。このテント場も僕ひとりしかいない。いや、もしかしたら半径数キロ以内に人がいないかもしれなかった。武奈ヶ岳の夜を独り占めしている——。そう考えると愉快になってきた。虫の声と川のせせらぎを聴きながらそんな妄想をしているうちに、気がついたら外が眩しくなっていた。どうやらよく眠れたようだ。

 翌日は7時起床とかなり寝坊してしまった。顔を洗ってさっさっと撤収し、また北比良峠へと歩いていく。北比良峠からの景色は昨日と同じで、琵琶湖一帯を見渡せた。今日はこのままイン谷口へと帰るだけ。北比良峠で朝食をとりながらゆっくりと過ごし、再びイン谷口へと下っていった。

よく晴れた北比良峠
陽光が差し込む美しい登山道を下り、イン谷口へと帰る

武奈ヶ岳・テント泊のデータ

  • 標高:1214.2m
  • 距離:約17km
  • コース:JR比良駅⇨バス・比良登山線(土休日のみ運行)⇨イン谷口→大山口→カモシカ台→北比良峠→八雲ヶ原→コヤマノ分岐→武奈ヶ岳→コヤマノ岳→金糞峠(1泊)→北比良峠→カモシカ台→大山口→イン谷口→バス比良登山線(土休日のみ運行)⇨JR比良駅
  • アクセス:JR比良駅下車、徒歩約1時間でイン谷口。あるいは比良登山線でイン谷口まで。詳細は若江交通を確認。
  • 立ち寄り湯:天然温泉比良とぴあ(https://www.hiratopia.com

天然温泉比良とぴあ

 イン谷口から比良駅の中間あたりに「天然温泉比良とぴあ」がある。イン谷口から徒歩約20分、比良とぴあから比良駅まで約20分と少々歩くが、面倒でなければぜひ立ち寄りたい。こぢんまりとした温泉だったが露天風呂やサウナも完備している。温泉のほか、レストランで食事やビールも楽しめる。

自然愛好家。大阪府山岳連盟・大阪青雲会に所属し、週末には関西近郊の里山にふらりと出かけていく。日本オリエンテーリング協会ナヴィゲーションスキル検定・シルバーレベル取得。フルマラソンベスト3時間29分。