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【比良山系】堂満岳、武奈ヶ岳、釈迦岳、テント泊縦走記

 しまった、飲みすぎた。急がないと。

 そんな僕の気持ちをよそに、最終電車はガタンゴトンと音を立てながら無常にも去ってゆく。でも大丈夫。今日は寝袋もマットもあるから、その辺で野宿でもすればいいのだ。

 繁華街を抜けて路地裏や公園を見回る。しかし野宿に適した場所が見つからない。焦っているうちに刻々と時間は過ぎてゆく。どうしよう、どうしよう。早く寝床を探さないと、探さないと!

 ——ハッと目が覚めた。

 青いテントの生地が透過光に照らされて、ほのかに明るくなっている。前室を開いたテントの入り口からは朝日が差し込み、野鳥の爽やかな鳴き声と、鹿の警戒音が森に木霊していた。

この写真は2020年に訪れたときのもの。今年もまた武奈ヶ岳にやってきた

 まったく、妙な夢を見たものだ。比良山系の幕営地で目覚めた僕は、昨夜、夢の中のように宿泊地を探してさまようこともなく、明るいうちにテント設営を済ませ、しっかりと寝袋にくるまって眠っていた。ダブルウォールテントと分厚いマットの寝心地は、森の中のオアシスのような快適さである。午前5時。標高850mの樹林帯の中は、真夏とはいえ一枚羽織りたくなる涼しさだ。さぁ、顔を洗ってコーヒーを沸かして、武奈ヶ岳に向かおう。

1日目|志賀駅から堂満岳へ

 滋賀県・比良山系の武奈ヶ岳は僕のお気に入りの山だ。琵琶湖の西に位置し、最高峰の武奈ヶ岳(1214m)を中心に、蓬莱山、釈迦岳、蛇谷ヶ岳など1000m級の山々が連なっている。比良山系には山小屋やテント場はないが、山中には美しい沢が流れており、幕営に適した場所がある。

 もちろん日帰りでも楽しめるのだが、縦横に走る登山道をつなぎ、テントを担ぎながら縦走するのもいい。管理されたキャンプ場ではない、自然の中で夜を過ごす経験は素晴らしいものなのだ。今回はJR湖西線を起点とし、志賀駅から入山、そして堂満岳、武奈ヶ岳、釈迦岳と縦走する。

 志賀駅から舗装路を約1時間歩くと、ようやく登山口に到着する。そこから南比良峠までの2時間半は我慢の登りだ。この日の最高気温は33度を記録し、谷筋の樹林帯の中はまるで南国を訪れたかのような蒸し暑さに包まれている。立っているだけで額から汗が噴き出してくるのだ。おまけに急坂の登山道。やはり低山は秋冬に限るよな。

 途中の水場では、キリリと冷えた湧水がサウナ後のビールのように喉を潤してくれる。顔を洗うと暑さが吹き飛び、生き返った心地だ。

 稜線に出ると風が吹き抜け、いくぶん暑さも和らいだ。南比良峠で昼食を済ませ、堂満岳へと向かう。

登山口である中谷出合下から、杉の人工林を登る。つづら折れの急坂が続く
比良山系 荒川峠
南比良峠の手前に、写真の広場がある。明らかに人工的に切り出された岩だ。城跡か寺社の跡地か、地図には何も記載されていない

 それにしても、稜線に出てからもそこはやはり低山で、木々に覆われている。アブやハチの生息域であり、特にアブの猛攻には悩まされた。もちろん、肌が露出する部分には強力な虫除けスプレーを塗布しているが、アブはそんなことおかまいなしに付きまとってくる。気がついたらそっとパンツに止まっていて、こちらを見上げながら僕の様子をうかがっているからやっかいだ。

 それにアブの中には黄色と黒の模様をもつ種があり、これがパッと見、スズメバチに見えるのだ。アブに噛まれてもかゆい程度で済むが、スズメバチは熊より怖い。自分の周りをブンブンと飛び回るのがアブか、スズメバチか、もしスズメバチなら巣が近くにあるんじゃないかと、戦々恐々と進む場面もあった。まったく、地球を我が物顔で支配しているような人間も、小さなアブ1匹に冷や汗をかかされるのだ。人間なんて自然の前にはちっぽけな存在であり、地球を構成する一要因に過ぎないことを改めて実感した。

 堂満岳からは琵琶湖を一望できる大展望が広がっている。この日初めて展望が開けた場所に出て、しばしその眺めを味わい、本日の幕営地、金糞峠の沢に向かう。

この爪跡は何だ。シカか、熊か。比良山系にはかつて熊の目撃情報あったから、油断ならない
管理人は山にいるだけでご機嫌です

 金糞峠を少し北へ下ると沢があり、そこにはちょっとした広場がある。武奈ヶ岳周辺のテント泊適地といえば八雲ヶ原が人気だが、美しい沢が流れるこの場所が僕は好きだ。2020年に訪れたときと何ひとつ変わらず、静謐な空気が漂っていた。

 前回訪れたときはツエルトで幕営したが、今日はモンベルのダブルウォールテント「クロノスドーム」を担いできた。山岳用としては少し大きく重たいが、最大2人まで収容でき、中は広く快適そのものだ。

 テントを設営し、夕食の用意へ。普段、糖質を控えている僕も、このときばかりは糖質をかきこんだ。ソーセージ10本に、凍らせて持参した餃子10個をたいらげ、さらに大盛りパックごはんのチャーハンに、〆は棒ラーメンだ。明らかに糖質過多である。満腹になった僕はコーヒーを飲みながら小さな焚き火を囲み、夜9時前には寝床についた。

金糞峠の北には美しい沢が流れている
ちょっと重くて設営・撤収が面倒なダブルウォールテント。でも中はやはり快適です
持参した餃子を調理する。これが美味くないわけないじゃないですか

2日目|比良の主峰、武奈ヶ岳

 翌朝、撤収を済ませて歩き出したのは7時30分。小さな峠を越え、ブナ林が美しいコヤマノ岳を経て武奈ヶ岳の頂上に立った。平日の早朝ということもあり、登山客は誰もいない。武奈ヶ岳からは比良山系のYの字の地形を見渡せ、東には雄大な琵琶湖、南に蓬莱山、北に蛇谷ヶ峰と360度のパノラマ展望が広がっている。

 せっかく主峰に立ったのだから、コーヒーでも飲みながらゆっくり過ごそう。そう思ってバックパックをおろし用意を始めると、蓬莱山にどんよりとした黒い雲が覆い被さっているのが見える。しかもそれが風に流されて、こちらに向かってくるようだった。僕の足元にも——雲より高いところにいたのだ——雲海のような雲が広がっている。

 これはひと雨降るぞ。そう確信した僕は、名残惜しかったが八雲ヶ原に向かって急いで下山した。かつては観光客でにぎわったであろうスキー場の跡地をいそいそと下り、八雲ヶ原の森の中に避難すると、すでに一雨降ったのだろうか、雨上がりのように木々や地面が雨の雫でみずみずしく鮮やかに輝いていた。通り雨はすぐにやみ、また真夏のうだるような暑さと日差しが戻ってきた。

コヤマノ岳には緑鮮やかなブナ林が広がっている

 八雲ヶ原から北比良峠へと進み、さらにカラ岳、釈迦岳へと縦走する。途中危険な箇所があり、登山道がすっかり崩れている場所を、気合を入れて通過した。釈迦岳は木々に覆われた静かな山頂で、その名称から山岳信仰と深く関わりがあることが想像できる。古の修験者もこの場所から琵琶湖を眺めていたのだろう。釈迦岳で昼休憩をとり、後はイン谷口へと下ってゆく。天然温泉比良とぴあに立ち寄り、汗を流して帰路についた。

比良山系 八雲ヶ原
武奈ヶ岳には、関西では珍しい高原湿地がある。ここにも沢があり、テント泊適地
北比良峠の巨大なケルン。奥には琵琶湖を一望できる絶景が広がっている
イン谷口周辺の沢

比良山系・テント泊縦走データ

Download file: domandake_bunagadake_syakadake.gpx
  • 標高:武奈ヶ岳1214.2m
  • 距離:約20km
  • コースタイム:約10時間30分
  • コース:志賀駅→中谷出合下→荒川峠→南比良峠→堂満岳→金糞峠(1泊)→コヤマノ岳→武奈ヶ岳→コヤマノ分岐→八雲ヶ原→北比良峠→カラ岳→釈迦岳→イン谷口
  • アクセス・行き:JR湖西線志賀駅下車、徒歩約1時間で中谷出合下。 
  • アクセス・帰り:イン谷口から天然温泉「比良とぴあ」へ徒歩約30分。比良とぴあからJR湖西線比良駅へ無料送迎バス利用。あるいはイン谷口から比良登山線で比良駅まで。詳細は若江交通を確認。
  • 立ち寄り湯:天然温泉比良とぴあ。大人620円〜(https://www.hiratopia.com