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さんふらわあで行く、別府温泉、鶴見岳、現地ゼロ泊!弾丸フェリーの旅 #1

 水平線が、どこまでも果てしなく弧を描いていた。

 空は抜けるように高く、鶴見岳(標高1,375m)の山頂からは、市街地や別府湾の展望が広がっている。遙か遠く、昨日乗船してきた「フェリーさんふらわあ」が見えるのは、別府国際観光港だ。西には由布岳、さらに奥には九重連山——。

 わずかに浮かぶ雲と空のコントラストが美しい。南東に見える小鹿山の標高は東京スカイツリーを超えるのに、鶴見岳から見るとまるでミニチュア模型のように小さく見えた。

 額の汗を拭って防寒着を着込み、少し早いが昼食とする。好都合なことに、登山道を登りきった場所にベンチとテーブルがあり、平日ということもあってか他の登山客はいない。コンビニで仕入れた簡素なおにぎり弁当だったが、この景色を独り占めできたのだ。美味くないわけがなかったのである。

 食事を済ませ、鶴見岳の三角点や山頂広場を散策した。下山は別府ロープウェイを利用する。

 鶴見岳から麓までを約10分で結ぶその途中、ロープウェイの窓から2頭のシカが見えた。親子だろうかつがいだろうか、その判断はつかなかったが、人の気配を感じるとすぐに逃げるシカも、上空のロープウェイには無頓着らしい。夢中で草を頬張る、シカの、白いお尻が可愛らしかった。

 フェリーのデッキで風に吹かれながら、幼少期の船旅のことを思い出していた。僕の初めての船旅は、母に連れられての淡路島だった。動物園へコアラを見学に行ったのである。それはまだ、明石海峡大橋が開通する前のこと。

 僕が小学生だった90年代前半、本州と淡路を結ぶ交通の要はフェリーだった。観光シーズンともなれば、乗船車両の待機場に長蛇の車列ができることも珍しくなかった。

 それが98年に明石海峡大橋が開通して以降、交通の要は同橋へと変わった。それに現在は高速道路や鉄道網の発達に加えて格安航空会社の登場もあり、日常的にフェリーを利用する人は限られていることだろう。

 だから船旅は、非日常である。

 大人になった今でさえ出港前の高揚を抑えられないのだから、小学生だった僕のはしゃぎようを想像してもらえるだろうか。片道20分ほどの海の旅だったが、船内の売店や片隅にあるちょっとしたゲームコーナーが、海に浮かぶ夢の国のように思えたものである。

 夜のとばりがすっかり下りた港には、大阪南港の夜景が浮かび上がっている。海を渡ってくる風が、思いのほか冷たかった。

 乗船手続きを済ませ、タラップを船内へと向かう。階段を上がった先のロビーで乗船員たちの歓迎を受け、部屋の鍵を受け取った。ロビーには案内カウンターがあり、その正面には、AデッキとBデッキをつなぐ階段が左右に分かれて続いている。木製の手すりをしつらえた内装はレトロなホテルのようだった。

 さんふらわあの客室にはいくつかのグレードがある。窓から眺望を望めるデラックスルームとファーストルーム。最低限の設備を調えたスタンダードルームに、ツーリストルームは大部屋・雑魚寝のスタイルだ。

 僕が選んだスタンダードルームは部屋に入ると小さなテーブルとテレビがあり、その脇に2段ベッドが備えられている。入り口の左手には洗面台があり、4畳ほどのスペースにそれらがコンパクトにまとまった、ゲストハウスとビジネスホテルの中間のような部屋だ。決して広くはないが、大阪から別府までのひと晩を過ごすには十分である。

「やはり旅は船か列車だよな」

 これは紀行作家・下川裕治氏の言葉だ。下川氏の旅はいつもバックパッカースタイルだ。飛行機や新幹線利用をなるべく除外し、船やローカル列車で旅をする。

 僕が20代のころに下川裕治著『12万円で世界を歩く』に出会い、それからというもの、快適で豪華なお仕着せのツアー旅行にはまったく興味を示さなくなってしまった。僕の愛読書の多くは旅を書いたものだが、その中身は格調高い紀行文学作品ではなく、湯水のごとく金をつぎ込んだ豪華・世界一周の旅でもない。ローカルバスに35時間も揺られ続け、炎天下のもと国境を目指して歩き続けるような、現地に解け込み、その土地のリアルが伝わる本だ。

 新幹線は早い。飛行機も早い。だが近代的でハイテク設備が整ったターミナルはどこかよそよそしい。記憶の中から色が抜け落ちた、哀愁を誘う船旅をもう一度——。

 目をつけたのが「フェリーさんふらわあ」だったのである。

 さんふらわあには3つの航路がある。神戸~大分、大阪~鹿児島、そして大阪~別府航路である。いずれも夕方に出発し、翌朝に到着する夜行便だ。いくつかあるプランの中から、現地ゼロ泊の「弾丸フェリー」を選んだ。移動と宿泊を船内で済ませ、現地で最大12時間を過ごせるプランだ。

 では、その12時間をどう過ごすか。

 九州には阿蘇山をはじめ、九州の屋根と称される九重連山など、魅力的な山々が数多くある。フェリーの航路や現地での滞在時間を考えた結果、大阪~別府航路がよさそうだ。別府には日本三百名山である鶴見岳(標高1375m)があり、温泉県として名高い。市内には別府八湯と呼ばれる温泉郷があり、鉄輪温泉の地獄巡りが有名だ。

 早朝に別府国際観光港に到着し、市内の路線バスで鶴見岳ハイキングと鉄輪温泉を楽しむ。そして再びフェリーで帰阪する弾丸プランが、こうしてでき上がったわけである。

 荷物を部屋に預け、船内を散策しているとアナウンスが流れた。

「ただいま、花火が上がっております……おそらくUSJ(ユニバーサル・スタジオ・ジャパン)からのものです」

 ビルの隙間から、わずかに花火が見えた。コロナ禍により2020年は各地の夏の風物詩が中止された。今年はお目にかかれないと諦めていたが、船上からわずかでも花火を見学できたのは幸運だ。

▲感染症対策がとられた船内のレストラン
▲夕食は、バイキングからお弁当に変更されていた

 ところで、コロナ禍は世界中に影響を与えたが、それは船内での食事も例外ではない。

 さんふらわあの船内レストランは本来バイキング形式だ。和洋折衷の料理が並び、自由に味わえる予定だった。

 しかし、新型コロナウイルスの感染が微増傾向にある今(2020年秋)、感染拡大防止とバイキングの両立は難しいのが現実なのだろう。レストランのメニューは持ち帰りができるセットニューに変更されていた。

 僕が頼んだのはA定食1,200円に加え、糖質オフビール250円も忘れてはならない。豚の角煮とえびチリをメインに、春巻きやミニサラダがセットされている。スープは3種類の中から味噌汁を選んだ。

 さんふらわあのメニュー写真を見たときはコンビニ弁当を想像していたが、ちゃんとキッチンで調理された温かい食事で、味も悪くない。窓辺から海を眺めながら弁当を肴にビールをやり、出港までの時間を過ごす。

 と突然、ドラの大きな音色が船内の隅々にまでぐわんと響きわたった。ごうごうとうなり声を上げながら、イカリを巻き上げる振動も伝わってくる。

 いよいよだ。

 巨大な船体がゆっくりと動き出し、向きを変えて進み始めた。次第に、大阪南港が遠のいてゆく。

 食事を済ませ、出港という船旅での一大イベントを終えると、取り立ててやることがない。フェリーは陸地を遠く離れ、真っ暗闇の海上を九州へと向かっている。やることがないのは他の乗客も同じようで、ビールを片手にパブリックスペースでぼんやりと過ごしたり、スマートフォンのゲームに夢中になったりと、船内の過ごし方はそれぞれだ。入浴を終えた僕はさっさと部屋に戻り、読書をしながら夜が更けていった。

 部屋はビジネスホテルのようではあるが、それとは決定的に違う点が”揺れる”ことである。小型船ではないから激しい揺れではない。それでも海の上を波をかき分けて進んでいることが体に伝わってくる。

 電車に揺られ、気がついたら眠りこけていたのと同じだ。この揺れが眠気を誘う。夢うつつに「まもなく明石海峡大橋を通過します……」とアナウンスが聞こえたのを覚えている。昔、母に連れられて渡った明石海峡を、再び船で渡っているのだ。哀愁を帯びた思い出が、夢の中に再びよみがえってきた。

 やはり、旅は船か列車に限るのである。

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