山のウエアの選び方|レイヤリングの基本とジーパンが山に適さない理由

 山で何を着るべきか、というのは経験者、初心者問わず悩ましい問題だ。組み合わせを間違えると服をいくら着込んでも暖かくないし、汗が冷えて、夏なのに寒い思いをすることになる。高機能なアウトドアウエアを着用しても正しく組み合わせないと本領を発揮できないのだ。そこで大切なのがフィールドでの服装の基本「レイヤリング」である。

目次

  • 自分が幸せになれるウエアを選ぼう
  • 夏でも起こりうる低体温症
  • 体温を守るためのレイヤリング
  • ベースレイヤー
  • ミッドレイヤー
  • アウターレイヤー
  • 小物

自分が幸せになれるウエアを選ぼう

 結論から述べると、自分が好きなウエアを着ればいい。

 おすすめはしないけれど、何年も着込んですり切れて、くたくたになり、それでも自分の肌にぴったりと寄り添ってくれて、なかなか捨てられないスウェットのようなジーパンがあれば、それを履いて山に行ってもいいのだ。

 僕たちは常日頃から広告に打たれすぎている。「もし働けなくなったらどうしますか」「病気による死亡率ナンバーワンはがんです」「老後にはこれだけの資金が必要。ライフステージに合わせてうんぬん……」。

 金、病気、コンプレックス。不安につけこむのは広告の常套手段である。その結果僕たちは、「山歩きでは登山専用のウエアやシューズを着用しなければならない」と刷り込まれてきたのだ。でもね、アウトドア業界だって信用しすぎちゃあなりませんよ。

 とはいえ「登山専用のウエアやシューズを着用しなければならない」のは、“登山”なら正しい。登山、つまり登攀具を使い岩や雪の壁をよじ登り、高山の頂を目指すのであれば。人が生存するには適さない厳しい環境に身を置くのなら、ウエアの素材のちょっとした違いが、生死の分かれ目になるかもしれないからだ。

 では都市近郊の里山ではどうか。テントを担ぎ、バリエーションルートを地形図片手に進むのが大好きな僕も、多くの山行では登山道を登る——というよりは歩いている。その行為はウォーキングの延長にあり、フィールドの標高は2000m以下、森林限界は越えない。僕がやっているのは登山ではなくハイキングだ。アウトドアショップに並ぶ多くのウエアは登山をターゲットにしている。だから僕にとっては、オーバースペックであるのだ。

 里山のハイキング程度なら、よく体になじんだ動きやすい服装で十分ではないか。その証拠に、最近好んで漁っている90年代の登山の教本『ヤマケイ登山学校|山と谿谷社』シリーズでは、ジャージにラグビーシャツで山歩きを楽しむ姿や、「着古した普段着を山で使う」という記述が見られる。ほんの30年前までそれが普通だったのだ。

 だから「どこへ行くにもこれじゃないと嫌だ」というぐらいなじんだジーパンで山に行きたければ、僕はとめない。

 ただし! ウエアの特性や組み合わせ方を知らなければ、危険があることも知っておこう。

夏でも起こりうる低体温症

 ジーパンで山に行ってもいい、だけどおすすめはしない。その理由は低体温症にある。

 低体温症とは体温が35度以下に下がる症状のことだ。体の中心体温が下がることで重要器官の働きが低下し、最悪の場合は死に至る。死亡率が高く山岳や海洋遭難時に多いほか、東日本大震災のときには、東北地方の被災地に取り残された人々に多く発症した。

 「もし山で遭難したらどうしよう。まず水や食料を確保しないと——水や非常食を余分に持つか」これも決して間違いじゃない。でも、何か忘れていないだろうか。

 飢えや喉の渇きよりも、あなたの命を素早く奪うのは寒さだ。

 何も食べなくて30日、渇いてひもじくて苦しいだろうが、水分を摂らなくても3日はもつ。でも極度の低温に体がさらされると、もって3時間だ。

 ジーパンは汗をかくとなかなか乾かない。真夏の炎天下、ジーパンを履いて街中を2〜3時間歩いているところを想像してみよう。額からは汗を拭きだし、汗をたっぷり吸ったジーパンが足にへばりついてくる。とても気持ち悪い。それに空気の25倍の熱伝導率がある汗(水)が、体温をどんどん奪ってゆく。

 街中なら問題ない。電車やカフェのクーラーにさらされて寒い思いをするだけで済む。これが標高2000mの稜線の上なら話は別だ。ただでさえ気温が低い上、風にさらされて体感温度はますます下がる。もしこれで雨でも降ってきたら。信頼できる雨具がなければ。水をたっぷりと含んだジーパンはみるみるうちに体温を奪い、はい、凍死体のいっちょできあがりである。

 これは大げさな話じゃありません。2009年7月16日に発生した北海道トムラウシ山遭難事故では、プロガイドを含む参加者9名が死亡する遭難事故が発生した。その原因は低体温症に起因するとみられている(ジーパンは履いていなかっただろうけどね)。北海道とはいえ7月の夏山での出来事だ。悪条件がそろえば真夏であっても発症するのが低体温症である。

 もしどうしても山でジーパンを履きたければ、以上のことを頭の片隅に覚えておくといい。そうして汗をかかないよう行動やウエアを慎重にコントロールし、雨対策を絶対に。汗や雨の対処が確実にできないのなら、素直に登山用ウエアを選ぶのが賢明だ。と考えると、ジーパン登山はけっこう上級者向けかもしれないな。

体温を守るためのレイヤリング

登山 レイヤリング
限られたウエアで体温を適切に保つ。これがレイヤリングの目的だ

 ウエアは低体温症を防ぐため、自分の体温を守るためにある。山の中、限られたウエアを組み合わせて最大限に生かすことが大切だ。いくら好きなウエアを選んでいいといっても、その基本はおさえておきたい。アウターレイヤー、ミッドレイヤー、ベースレイヤーの3層からなる重ね着のテクニック「レイヤリング」を構築することが大切だ。

 レイヤリングの目的は体温を適切に調整すること。その極意は「暖かく、しかし汗はかかない」ことである。ベースレイヤーで汗を素早く発散し、ミッドレイヤーで保温し、アウターレイヤーで雨や風を防ぐ。行動中はこまめにウエアを調整し、汗をかく前に脱ぎ、寒さを感じる前に着ることを繰り返すのだ。

ベースレイヤー

登山 レイヤリング

 ベースレイヤーは肌に一番近いウエアで、汗を吸い上げ素早く発散することが目的だ。肌着やTシャツなどがベースレイヤーにあたり、素材は速乾性があるポリエステルなどの化学繊維が主流である。

 肌着といえば綿製品が思い浮かぶ。綿は着心地もよく吸湿性もよい。さらに耐久性も高く肌着として優れた素材だ。しかし、山でジーパンをおすすめしないのと同じ理由で、綿の肌着もなるべくさけたい。ぬれると重くなり、乾きにくいからだ。乾かない汗が低体温症を招くのは先述のとおり。吸湿速乾性を持つ肌着を選ぼう。

 肌着は地味な存在かもしれないが、なるべくお金をかけよう。ファイントラックやモンベルの肌着がおすすめ。僕も使っているが、やはり価格の違いだけあり汗冷えせず、山中でとっても快適に過ごせる。

 コスパのいい商品をお探しなら、ワークマンや、フランスのスポーツ用品メーカー・デカトロンがおすすめ。どちらも機能性肌着のラインアップが通年充実している。

 もちろん、汗の心配がないキャンプ地でのリラックスウエアや、下山後の着替えなどは綿製品でも問題ありません。

ミッドレイヤー

登山 レイヤリング

 ミッドレイヤーは暖かい空気の層を作り出し、保温することが目的だ。加えてベースレイヤーが吸収した汗を発散させるための、速乾性や通気性も欠かせない。

 ミッドレイヤーの代表はフリースやダウンジャケット、中厚手の登山シャツなどである。近年はミッドレイヤー兼アウターレイヤーとしても使えるソフトシェルも人気が高い。ミッドレイヤーにはさまざまな種類があり、季節や山域に応じて最適なものを選びたい。状況によって、フリース+ダウンベスト、登山シャツ+フリースなどと、複数を組み合わせて使うといいだろう。

アウターレイヤー

登山 レイヤリング

 アウターレイヤーは、風や雨などの外的要因から身を守るためのウエアだ。レイヤリングの一番外側に着用し、無積雪期の登山では、レインウエアがアウターレイヤーの役目を果たす。

 レインウエアも肌着と同じく、なるべくお金をかけたいアイテムだ。例えば、コンビニやホームセンターで売られている雨ガッパもたしかにレインウエアであるが、アウトドア用途においてそれらは役不足である。

 ビニール製の雨ガッパは防水性能を備えているが、蒸れを逃す機能がない。雨ガッパを羽織ったところでウエア内に蒸れがたまると結局ぬれてしまう。体がぬれると低体温症の危険があるのは、前述のとおりである。

 そこで、レインウエアは防水透湿素材のものを選びたい。防水透湿素材とは、水滴は通さないが水蒸気は通す素材のこと。防水透湿素材の代表格はゴアテックス(GORE-TEX)だ。山のレインウエアはゴアテックス製の上下セパレートタイプを選べば、まず間違いはないだろう。高価な買い物かもしれないが、お金をかけた以上の働きをしてくれるから、ぜひ用意しておきたい。

小物

 レイヤリングの目的は体温を適切に調整すること。そのためには、頭部や手足の末端部分の保温も考える必要がある。グローブや帽子などの小物も欠かせない。夏場の帽子は日差しを遮るキャップやハットを。雨のことを考えて、防水透湿素材の帽子を選べばより安心だ。春秋や冬季は保温力の高いニット帽を選ぶといいだろう。

 指先は心臓から遠い部分にあり、とくに冷えやすい箇所だ。冬季は保温力の高いウールやフリースのグローブを用意しておこう。グローブや帽子で末端部分を守ることで、より高い保温力・安全性を備えたレイヤリングが完成する。

 里山のハイキングであれば、別に登山専用の高価なウエアでなくてもいい。しかしながら、山では限られたウエアを上手に組み合わせて、環境に対応する必要がある。その重ね着のテクニックがレイヤリングだ。

 ベースレイヤー、ミッドレイヤー、アウターレイヤーの役割を理解し、季節に応じたレイヤリングを考えよう。とくに汗を逃すベースレイヤーと、風雨から身を守るレインウエアにはお金をかけたい。

 とはいえ、いきなり全てをそろえる必要はない。まずは着古した普段着を組み合わせながら、山に使えないか考えてみよう。すでに所有しているアイテムを活用し、足りない物は買い足す。こうしてあれこれ想像しながら、色々と吟味するのも楽しい山の時間であるのだ。