品谷山

京都北山の秘境、廃村八丁を歩く|廃村八丁ピークハント山行記

 色濃い緑に囲まれた森で、星空を見上げながらの朝食はまた格別だった。

 米を塩とオリーブオイルで煮ただけの簡単なおかゆだが、冷えた体に温かい食事を運ぶと元気がみなぎるのが分かる。11月の日の出は遅く、時刻は午前5時30分––。暗闇に包まれた静かな森の中で、僕らのすぐそばにいた小ジカの目を、ヘッドライトの明かりが赤く浮かび上がらせていた。

 食事を終え、撤収作業にかかり始めると次第に空が明るくなり、星は遠い夜空へと消えてゆく。空を見上げながら僕は「テントで過ごす山の夜は、素晴らしい体験だ」と改めて感じたのだった。

 京都北山の奥地にかつて存在していた集落がある。

 八丁は京都市右京区京北の品谷山(881m)の南部に存在した。度重なる近隣との境界線争いと、昭和初期の豪雪により廃村となったその集落は、現在はハイキングコースとして楽しまれており、こけむした遺構や静かな山歩きを味わえるとあって人気だ。

 今回の山行は、僕が所属する山岳会「大阪青雲会」の例会である。リーダーを含むベテラン4名と、僕と同期の計6名のパーティーだ。その6名で廃村八丁周辺のピークを巡りながら1泊2日を山中で過ごす。

 廃村八丁はダンノ峠から峠谷、刑部谷を利用すれば日帰りも可能だ。だが今回はあえて遠回りをし、バリエーションルートによるピークハントを楽しむ予定だ。バリエーションルートであるから当然ではあるが、道標も設置されていなければ、そもそも道がない。GPSや地形図によるルートファインディング能力が必要なコースである。

 菅原バス停に到着する頃にはすっかり体が冷えてしまった。出町柳駅前からバスに揺られること1時間50分。新型コロナウイルス対策の換気のため、車内には開放された窓から冷たい風が容赦なく吹き込んでいたのだ。凍えた体を温めるべく、廃村八丁への登山口へといそいそと歩いてゆく。

 登山口から西へ続く谷筋を歩くと、やがて正面に尾根が現れる。その尾根の先が第一チェックポイント「ダンノ峠」だ。廃村八丁へは通常、ダンノ峠から南西に続く八丁谷を下る。だが今回は、地形図上にあるP(ピーク)850、P892(八丁山)、P847を経由し、ソトバ峠を経て八丁へと向かう。バリエーションルートの起点はここ、ダンノ峠だ。南へ進路をとり、道なき道を進んでゆく。

 11月の京都北山にしてはこの日は暖かく、悪天の心配がない最高の秋晴れに恵まれた。紅葉の見頃はわずかに過ぎ、木々は色とりどりの葉を少し残しながら落葉が始まっている。残された紅葉の透過光が青空に映え、落ち葉を踏みしめる音が心地よく響く。時折吹き付ける冷たい風が気持ちいい。秋から冬にかけての、低山のベストシーズンが始まったのだ。

 関西近郊の有名スポットはこの時期多くの登山客が訪れる。寒くもなく、暑くもない気候は登山に最適で、観光地のように混み合うことも珍しくない。しかし土日にもかかわらず、この日出会った登山者は僕らを除く2名のみだった。秋晴れと静かな山歩きを独占していると思うと愉快でたまらない。

 人はいない——その代わりに、野生動物の痕跡は多く見られた。シカの足跡や糞、それに大きな熊の糞も。新しい糞は黒く光沢があるが、見つけたものは灰色に褪色していたから、何日か経過した古いものだろう。

 それでも、糞のそばの木が皮を剥ぎ取られ、生々しい爪跡が残されているのを発見したときには、手のひらにジワリと汗をかいた。ここは人の領域ではない。野生動物たちの世界なのだ。

 熊の痕跡を見つけた僕らの会話は自然とボリュームが上がる。最後尾を歩くリーダーが手をたたいて人の存在を知らせている。熊に会いたくないのはみな同じである。

 ヤブをかき分け倒木を越え、たどり着いた八丁山(P892)からの眺望はなかなかだ。八丁山のはるか東には稜線が幾重にも連なりながら比良山脈が広がっている。武奈ヶ岳、蓬莱山、びわ湖バレー、蛇谷ヶ峰。草木が繁茂する夏場は、枝葉に遮られて見通しがおそらく利かないだろう。これは秋冬ならではの眺めである。

 八丁山から先、ソトバ峠までのルートファインディングが難しい。P847を通過し、その先は地形図上では徒歩道であるが、よほど登山客が少ないのだろう。道は荒れ、踏み跡は落ち葉で隠れ、尾根を間違いそうになったり、急斜面をずっこけながら下ったりと、バリエーションルートの洗礼を思う存分に楽しんだ。ソトバ峠からソトバ山をピストンし、満足した僕らは峠からババ谷を下り、本日のテント場、廃村八丁へと向かう。

ソトバ峠

 八丁は明治初期には5戸が住み、1933~1934年(昭和8~9年)にかけての豪雪——積雪3m!——を機に全戸離村した。豊富な森林資源の産地であるがゆえ、弓削村と知井村との間で、実に600年ものあいだ境界紛争が続いていたのだ。明治に入り両村の和解が成立すると、文教場では多いときには8人の児童が在校していたという。

 現在の廃村八丁には遺構が残され、こけをまとった姿が神秘的な雰囲気を醸し出している。村には小川も流れ、上流に人工物がないことから煮沸すれば飲み水として使えるだろう。

 村の入り口に丘へと続く階段があり、階段脇に、朽ちた木が2本立っていた。鳥居の跡である。その先のほこらは崩れてしまっていたが、「一晩使わせていただきます」と手を合わせ、挨拶をすませた。

 村の中央には八丁のシンボルともいえる三角屋根のトタン小屋がある。管理人が一定期間駐在する詰所だ。ここが今日のテント場である。僕はレンタルした「アライテント・エアライズ」を設営し、食事の準備にとりかかった。今日のメニューは豚肉と白菜の鍋。塩とオリーブオイルで味付けし、トッピングにチーズを盛り付けた洋風鍋だ。皆で食事を囲ったテーブルには、確かスコッチが2本並んでいたが、気がついたときには空になっていた。このことから分かるように、僕らは相当に楽しい夜を過ごしたのだった。

廃村八丁
廃村八丁のシンボル、三角のトタン小屋
美しい沢が流れており、浄水器で飲み水とした
「エアライズ」はアライテントのベストセラーだけあり、非常に使いやすいテント

 翌朝、朝食を済ませてテントを撤収し、浄水器で飲水を用意し、さぁ2日目の始まりだ。夜中に一度だけ目が覚めたがよく眠れ、コンディションは上々である。今日のコースは八丁からトラゴシ峠へ向かい、そこからP776、P827のバリエーションルートを経て品谷山を目指す。そこから再びダンノ峠へ戻り、菅原バス停から帰路につく予定だ。

 出発して早々、トラゴシ峠までの道のりが難関だった。八丁の三つまた分岐から尾根をトラゴシ峠へと登るのだが、その斜面が壁のように急で、テント泊装備を背負ったままではとても登れそうになかった。ここでベテランリーダーの登場である。

 地形図とにらめっこしながらリーダーと相談した結果、尾根の脇から谷筋を上がり、傾斜が緩くなるポイントから尾根にとりつくことにした。リーダーのすぐ後ろについて歩いたが、リーダーの歩き方には無駄がない。後ろをついて歩くとその人の力量が分かるというものだ。僕もあと20年も山を続ければ、そんな歩き方が身に付くだろうか……。

品谷山

 午前7時に八丁を出発し、品谷山に到着したのが10時ごろ。その間、倒木に遮られたルートに難儀し、ヤブに突入し、振り返っては景色を眺めるのに必死で、あっという間に時間が過ぎてしまった。見上げる空は快晴そのもので、紅葉と空のコントラストが今でも目に焼き付いている。品谷山を下ると、あとはダンノ峠を経由し、菅原バス停へと向かうのみだ。品谷山の稜線を歩きながら、もうすぐ下山できる安堵感と、後ろ髪を引かれる思いが錯綜し、なんとも複雑な心境だった。毎回々、山を離れるときはこのような思いに駆られる。

 山を歩く——このシンプルな遊びに魅了されてどのくらいの月日が流れただろう。

 山を趣味にしていると「山に登って何をするのか」と尋ねられることがあるが、そう聞かれても僕は答えに窮してしまう。山で何か特別なことをするわけではないからだ。

 風の歌を聞き、ぼんやりと景色を眺めて、動物たちの痕跡を観察し、ときには恐怖で震え上がり、歩きながら夏は汗を吹き出して、冬は寒さで凍える。ただそれだけである。

八丁谷周辺を散策する一行

 菅原バス停に到着したのは13時を少しまわったころ。次のバスまで待ち時間がたっぷりとある。僕らは付近のお寺を散策し、残りの時間は川の堤防に腰かけてのんびりと過ごす。どこまでも青い空の上をトビが1羽、舞っていた。

廃村八丁のデータ

  • 標高:品谷山(881m)
  • 距離:約15km
  • コースタイム:約8時間30分
  • コース:菅原~ダンノ峠~八丁山(P892)~ソトバ峠~廃村八丁(宿泊)~トラゴシ峠~P827~品谷山~ダンノ峠~菅原
  • アクセス:出町柳駅前⇒京都バス「菅原」バス停
created by Rinker
¥1,100 (2021/10/19 23:42:27時点 Amazon調べ-詳細)
自然愛好家。大阪府山岳連盟・大阪青雲会に所属し、週末には関西近郊の里山にふらりと出かけていく。日本オリエンテーリング協会ナヴィゲーションスキル検定・シルバーレベル取得。フルマラソンベスト3時間29分。